研究内容

発生生物学における形態形成と分子メカニズムの解明

研究内容 01

脊索細胞の集合に関わる分子 AXPC (Axial protocadherin)

人類史上初めて、脊索が集合する現象を分子レベルで証明した研究成果です。
脊索細胞の集合イメージ

図1. 脊索細胞の集合挙動

序論:脊索の生物学的意義

脊索動物門(哺乳類、鳥類、両生類、爬虫類、魚類、無顎類、ホヤやナメクジウオなど)における「脊索」は、胚発生過程で最も重要な構造の一つです。 卵割・原腸形成を経て、背側に一筋の芯のように現れる脊索は、前後に伸長しながら胚全体の体軸を伸長させます。 脊椎動物では後に脊索自体は消滅し、その領域へ神経管由来の脊髄と体節由来の脊椎骨が構成されて脊柱が完成します。つまり、脊索は脊椎動物の基本形態を形作る原動力と言えます。

予定脊索細胞の強い集合能力の発見

胚内における予定脊索細胞が独自の細胞集合能力を持つことを実証するため、試験管内モデル系を構築しました。 外胚葉細胞(アニマルキャップ細胞)に中胚葉誘導因子アクチビンを作用させて試験管内で脊索へと分化させる系を確立し、他の発生運命を持つ細胞群と混合した際、予定脊索細胞が極めて強く集合することを証明しました(黒田 修士課程研究成果)。

📄 論文PDFを見る (Kuroda et al., 1999)
AXPCの発現パターン

図2. AXPC分子の解析

AXPCによる脊索集合メカニズムの解明

予定脊索細胞の強力な接着性に着目しカドヘリンファミリーのスクリーニングを行った結果、脊索特異的に発現する新規分子Axial protocadherin (AXPC)を同定しました。 AXPCは一般的なカドヘリンと異なり、細胞外に6つの繰り返しドメインを持ち、細胞内にβ-カテニン結合領域を持たない特徴を備えています。

機能獲得実験(Gain-of-function)により、AXPCを発現させた細胞は脊索様の強力な集合能を示すこと、逆に機能阻害実験(Loss-of-function)では脊索の集合能が失われ、異所的な神経構造が生じることを確認しました。 本研究により、脊索を組織として成り立たせている本質がAXPCであることが判明しました。AXPCはヒトでも保存されており(protocadherin-1)、強い細胞集合能を必要とする発生過程で広範に利用されていると考えられます。

📄 論文PDFを見る (Kuroda et al., 2002)
研究内容 02

BCNEセンターの発見と前方神経誘導の解明

二次軸胚の誘導

図3. 胚操作により誘導された二次軸胚

シュペーマン・オーガナイザー説の再検証

1924年、ハンス・シュペーマンとヒルデ・マンゴールドによって発見された「原口上唇部(シュペーマン・オーガナイザー)」は、他の細胞に様々な器官を誘導する「発生の総司令官」として発生生物学の中心的概念となってきました。

しかし、20世紀末以降の分子生物学的解析により、中胚葉(オーガナイザー)が存在しない条件下でも前方神経(脳)が誘導される現象や、BMP阻害による外胚葉の直接的な神経化が確認され、従来モデルの再解釈が必要となっていました。

BCNEセンターの領域模式図

図4. BCNEセンターと将来組織の運命マップ

BCNEセンターの発現と運命追跡

中胚葉が存在しない胚において、胞胚期の背側動物極領域(右図緑色部)でBMP阻害タンパク質であるChordinおよびNogginが発現していることに着目しました。 詳細な細胞運命追跡および機能阻害実験を行った結果、この領域が前方神経誘導に必須であることを証明し、この領域をBCNEセンター(Blastula Chordin- and Noggin-Expressing center)と命名しました。

さらに、正常な発生胚においても、脳の大部分およびシュペーマン・オーガナイザー自体が胞胚期のBCNEセンターに由来することを特定。 この発見は、発生学上の長年の謎であった側方神経誘導現象に明確な解答を与え、科学雑誌『Nature』の神経発生に関するマイルストーン論文として選出されました。

今後の展望:人工的な組織・胚構造の創出へ

現在当研究室では、BCNEセンターがシュペーマン・オーガナイザー形成において果たす役割の解明を進めています。 このメカニズムを応用することで、試験管内でのオーガナイザー再構成や、表皮領域から全胚構造を誘導する高精度な胚操作技術の確立を目指しています。

その他の研究テーマ

老化制御因子の初期発生における役割

TORやSirtuinなど老化に関わるシグナルが、受精直後の初期発生における「時間軸」の制御や形態形成にどのように寄与しているかを解析しています。

分泌型小分子ペプチドによる発生制御

アミノ酸数100未満の小分子ペプチドや非ペプチド系分子に着目し、初期発生の細胞間相互作用における新たな誘導分子の同定と機能解析を進めています。

シグナル配列を利用した新規細胞生物学的手法

シグナルペプチドと二量体構造を組み合わせることで、特定のタンパク質機能を局所的・特異的に阻害する新しいドミナントネガティブ手法の開発を行っています。

ゲノム編集技術(CRISPR/Cas等)の適用

CRISPR/Cas9をはじめとする新規ノックアウト・ノックダウン手法を脊椎動物胚の初期発生解析に最適化し、遺伝子機能の迅速な解析基盤を構築しています。

新規BMPアンタゴニストの機能解析

BMP結合ドメインを持つ未解析の分子群をリストアップし、発生過程におけるシグナル阻害メカニズムと形態形成への影響を検証しています。

FGFシグナルの時空間的な応答変化の解析

発生の進行に伴い急速に変化するFGFシグナルの出力応答(アウトプット)を高精度に定量・測定するモデルシステムの構築に取り組んでいます。